- はじめに
- 【黒歴史】師匠にゴネまくっていた超ポンコツ時代の話
- 「知らない世界」に恋をした幼少期。本と音楽が私の居場所だった
- 弁護士の本に痺れた小3の夏。正義感と好奇心が混ざり合った小学生時代
- 人生の優先順位を間違えた!?受験と失恋と家出から学んだ私の中高生時代
- 「運だけ人生」を確信した大学生時代。怠惰な私を支えてくれた最高の仲間たち
- 「人生の勝者」から一転、採用凍結の地獄へ。執念に燃えた就活生時代の光と影
- 親友の死と採用凍結。社会の常識に「NO」を突きつけた社会人直前での決断
- 内定辞退後の「酒盛り」の日々。自由を手に入れたはずの私が抱えていた「こびりつく後悔」
- 「詐欺師」だと思った師匠との出会い
- 次は、あなたの番。
はじめに
はじめまして、ぱんだです🐼
わたしは現在大学4年生です。
ブログは先月からはじめて、
初日にアフィリエイトで
約6万円の収益を上げました。
現在は師匠のもと、
マーケティングを学んでいます。
わたしが学んでいるのは
在庫を抱えるせどりや
大きな損失リスクがあるFXではなく
仕組みをつくることで、
この先なにがあっても自動で売れる
ビジネスモデルの組み方です。
わたしはお金だけじゃなく、
自分らしく輝くための時間も欲しかったから。
時給に縛られて働くことは、
自分が病気になったとき
面倒臭くて仕事を休んだとき
収入が減ってしまうということ。
そういうビジネスモデルでは
一生無意識に搾取されちゃう・・・
わたしの理想の人生は、
お金にも時間にも場所にも
縛られることなく、
好きな人と好きなことをして
生きていくことです。
お金だけあっても
幸せ!
ってわけではない。
世の中、
お金より大切なことって
めちゃめちゃあって。
わたし自身、
本当に大事な人を亡くしていて
もっといてあげれば・・
って今でも後悔しています。
だからこそ、
お金のことでは悩みたくない。
お金があっても幸せなわけじゃないけど、
お金がないと人はイライラするし、
不安だし、我慢するし、
それが八つ当たりに変わっていく。
わたしは自分だけじゃなく
大切な人の幸せを守っていきたいし、
あわよくば増やしたい。
家族にも恩返しがしたいし
友達と飲み会だらけの毎日が良いし
楽しいで溢れる人生にしたい。
労働以外にも
やりたいことがい〜っぱいある。
そして、それは絶対叶えられる夢だから。
ネットビジネスを通して
実際に叶えている人をこの目で沢山見てきました。
言われたことをすぐ実践しなかった
面倒臭くて次の日に伸ばした
後悔していることは数えきれない。
あなたにはそうなって欲しくない。
夢を自分の手でつかんで
それを離さないで欲しい。
わたしは
平均1000万の企業の内定を辞退し、
起業の道を選びました。
自由な時間を得た先にしか
わたしの本当の幸せはないから。
今は一歩ずつですが
理想の未来を叶えている実感があります。
【黒歴史】師匠にゴネまくっていた超ポンコツ時代の話
わたしもホントになんも知らなかった・・
マーケ?なにそれ美味しいの?
え、勝手に売れないの?
めんどいやだーーーって師匠にゴネまくった(笑)
そもそもPCなんて触ったこともなかったし
お金を稼いだ経験はバイトだけ。
本音をいうと、
あーーなんでこんなことやってんだ?
って思うときが2日に1回はあった。
嘘。1日に1回かも。(笑)
誰にも褒めらんないし、
何時間もかけた文章も師匠に数秒で書き換えられてさ。
正直「内定辞退しなきゃなあ・・」
って泣いた夜もあります。
友達と飲んでるとき
「最近なにやってんの?」って聞かれて答えると、
「やめなよ」「怪しくない?」
とか引き止められて。
なんにも反論できない自分が
悔しくて憎たらしくてたまんなかった。
でもでも
お得意の負けず嫌いと「やるっきゃない!」
という反骨心で(笑)
少しずつですがお金を稼げるようになってます。
辛いこともいっぱいあったけど
それ以上にできるようになる喜びは大きくて。
街を歩くと
ただの広告が有料級の教材になったり。
だんだんできることが増えて
だんだん自分に自信がついて。
最近は、
ようやく胸を張って飲みに行けてます。
それもこれも
自分で選んだから。
選ばされる人生じゃなくて
自ら望んで選ぶ。
お金以上に大切な
「自分」をビジネスを通して取り戻せているな
そう嬉しくなります。
100文字書くのに何時間もかかってた。
起きたくなさすぎて
ベッドにPCを持ち込んで作業してた。
そんなわたしでも、
一歩一歩なりたい自分に
近づけている気がします。
自分より若い発信者をみると焦るし、
もっと早くにはじめてれば!!!
と自分を責めたりもしますが(汗)
人生で一番若いのは
今この瞬間なんですよね。
遅いなんてことないです。
わたしなんて
大学4年生になった今
制服ディズニーしようとしてますからね。笑
「やらない後悔よりやって大成功」
ってM-1でも言われてましたが
本当にその通りだなと。
このブログでは
わたしが師匠から得た
知識や教材のアウトプットなどを
濃いコンテンツとしてお届けします。
是非「おっ!?」と思った記事から
どんどん読んでいってくださいね〜
誰かの発信を見る上で
その人のことをなんにも知らないのって
つまんなくないですか??
ちなみに
わたしは人となりを知ってから
見たいタイプです。
なので、
わたしについても
過去のあれこれをお話ししちゃおうかなと。
恥ずかしいことや言いたくないことも
盛りだくさんですが(笑)、
気軽な感じで楽しんでいただければ!
「知らない世界」に恋をした幼少期。本と音楽が私の居場所だった
公務員の母と公務員の父、
そしてわたし。
典型的な真面目家庭で育ったわたしは、
「橋の下で拾われてきた?」
って言われるくらい
自由奔放な幼少期でした。
スーパーで迷子になったかと思えば、
両手に店員のおばさんからもらった
試食の餃子を持って仁王立ちしてたり。
おままごとには目もくれず、
ひたすらに泥団子を磨き続ける。
階段をミニカーで降りようとして転げ落ち、
大泣き。
自分の子供だったらと思うと
ゾッとしますね・・・
両親が
長期休みには必ず旅行に連れて行ってくれたり、
休日どちらかは知らない場所に行って
新しい体験をさせてくれたことで
とにかく好奇心旺盛な子供でした。
知らないものを知ることが
楽しくて仕方なかった。
でも
リアルで行けるところって限られてて。
そんなとき、本に出会いました。
本だったら
1ページ開くだけで厳しい熱暑の砂漠にも
今にも凍てつきそうな南極にも飛べる。
それだけじゃない。
生まれたばかりのナポレオンや
死ぬ間際の織田信長にだって
会いに行ける。
小さいわたしは
そんな本の魔力に
取り憑かれたかのように
本を読み漁りました。
だいたい
週に20冊は読んでいたと思います
(我ながらすげえ)
そして、もうひとつ。
音楽も
小さい頃のわたしを魅了したんです。
両親の車では
布袋寅泰やカーペンターズ
ビートルズが流れていました。
また
様々なCDを買い与えてくれたお陰で、
すっかりリズム感の備わった
お風呂カラオケの子供に育ちました(笑)
こう書くと
なんの悩みもなく能天気に見えますが、
実はそんなこともなくて。
ずっと「寂しい」を抱えてました。
両親は共働き
罪悪感を埋めるためなのか
家にはお菓子やおもちゃが沢山転がってて。
だけどものじゃ埋まるわけもなくて。
頑張ってくれているのはわかりながらも
いや、わかっているからこそ
ただひたすらに寂しかった。
1歳から小学校に入学するまで
5年間朝から夜まで預けられてました。
毎日毎日
お母さんの車を追いかけて泣いてました。
お母さんがおうちにいる子が
羨ましくてたまらなかった。
最後、子供がわたしだけになって
先生とふたりであやとりをしたのを
今でも鮮明に覚えています。
弁護士の本に痺れた小3の夏。正義感と好奇心が混ざり合った小学生時代
悪ガキ全盛期ですね。(笑)
悪戯ばっかりしてました。
歌うことが好きだったので
合唱部に入ったんですが・・
先輩と大喧嘩して。
今考えると信じられないくらい
メンチきりまくってました。
雪合戦のときも、
自分だけかたーく握って
普通に痛がらせてましたね。
よくない。
あと、
図書室という概念が導入されて
読書好きがはちゃめちゃに加速。
毎日、昼休みになると
図書室に駆け込んで
本の世界に耽ってました。
小3のとき、
弁護士が書いた本を読んで
それがま〜あカッコよくて!
どうやって被害者と向き合ってるのか
どうやって加害者に反省させるのか。
文字で人を救うってこういうことなんだ
ってひたすら感動しっぱなし。
そこで、将来の夢が弁護士になったんだよね。
本を借りすぎて、
学期末に表彰されたことも!
好きだったのは
赤川次郎の「三毛猫ホームズシリーズ」と
宗田理の「ぼくらシリーズ」ですね。
あ、ちなみに
ハリーポッターも最近まで
本でしか読んだことなかったんですよね。
ドロケイと読書、時々合唱。
みたいな感じの小学生でした〜
人生の優先順位を間違えた!?受験と失恋と家出から学んだ私の中高生時代
部活動体験の期間
従兄弟が卓球部に入っていたので、
自分も卓球部かな〜と思いつつ。
友達から誘われて
吹奏楽部の見学に行ったのですが!
そこで見た
定期演奏会の映像が
あまりに衝撃的すぎて。
その日には、両親に
「吹奏楽部入るから」
と伝え、次の日には加入届を出してました。
今思うと、
楽器を触ったこともないのに
ものすごい行動力だな・・と呆れますが
絶対逃しちゃいけないタイミングって
どこかにあって、
今行かないと後悔する!
って思ったんだよなあ
ビジネスも、
今かも!と思った瞬間
チャンスをつかめるかどうかで。
そういうのを
逃さないようにしたいよね〜
って(笑)
そして、入ったはいいものの
わたしの目立ちたがり根性は
止まるところを知らず。
なんと、
世界で最も難しい木管楽器とされている
オーボエに手をあげてしまったのです・・
おいそれと吹けるわけもなく
上下関係もキツすぎるしで
わたし、夏休みに家出を決行しました。
新幹線に乗ってはるばる
親戚の家の駅まで着いたはいいものの、
ここでやらかします。
親戚の家と真逆の方向に歩き出してしまい
そのまま6時間以上歩き続ける羽目に・・
(涙が止まらない)
結局、駅に戻って
親戚に迎えにきてもらいました。
もちろん大変だったけど、
得たこともあって。
いつも練習している部室と
全く違う環境だったから、
「なーんだ部活なんてちっぽけだ」
って思えたこと。
1日の家出だったけど、
次の日からなんとなく
肩の力を抜いて練習できて。
どの環境に身を置くかって
些細なことに見えて
すっごく大切なことで、
できるだけ自分を
高めてくれる環境が良いよね。
ちなみに、
サックスの子と仲良くなって
他の学校との合同演奏会のとき、
ふたりでいるとうるさすぎて
名前覚えられてました(笑)
あとねあとね、
その親友と好きな人が被ったの(笑)
結果的には仲良く振られました☆
高校に入って、
ちょっとずつ親との関係が拗れてきて。
わたし宛の郵便を勝手に開いたりとか、
高校生でも門限が20時だったりとか。
過保護かな?
って思う瞬間が増えてきた。
でも
小さい頃の「寂しい」って感情が
戻ってくる瞬間もあって。
ここらへんは
しんどかったですね〜〜
そして、大学受験に突入するわけですが。
これまで勉強せずとも
学年1桁〜2桁前半を
維持できていたため、
「まあ行けるだろ」
と最大の慢心を起こします・・
そして、あろうことか
当時の彼氏と夜中まで喧嘩、喧嘩
振り返って
エッセンシャル思考の大切さを痛感してます。
今なにをするべきなのか
そのためにどれを「しない」か。
仕事や日常でも
「この期間はこれに集中する!」
と決めてそれ以外を遠ざけることで
目標達成に近づきますしね。
というわけで
言わんこっちゃない
第一志望の早稲田大学は全落ち、第二志望も落ち
灰色の第三志望生活が始まるのでした・・・
p.s.
夢は変わっていたのですが
結局小学生の頃に夢見た
法学部に入っているので
人生不思議なところで
縁って繋がるんだな〜と。
「運だけ人生」を確信した大学生時代。怠惰な私を支えてくれた最高の仲間たち
失意の大学生活のスタート。
早稲田への未練が捨てきれず
早稲田の校歌を聴きながら
通学する始末。(笑)
今考えると激ヤバ人間ですね・・
大学以前もですが
わたしホントに
「ひとに恵まれすぎた運だけ人生」
を歩んでいるなあと。
バイトもダイエットも続かない
圧倒的3日坊主なので
根っこが怠惰。
困ったときには基本ひとに頼りっぱなし。
毎回レポートをリマインドしてくれて
わたしよりぜっったい先に書き終わって
見せてくれる友人たち。
失恋したら先輩との飲みを断って
朝まで付き合ってくれた同期。
全員彼氏に振られて辛いときに
合コンを組んでくれた友人とか(笑)
それ以外にも
バイトを掛け持ちしていた時期に
別のバ先のお客さんが
もう一つの居酒屋に来てくれたり。
1年ほどSEOライターを
やっていたのですが
締切前日になっても終わらないわたしに
付き合って徹夜してくれた社員さんとか。
感謝してもしきれない・・・
本好きが高じて
自分が書く側に回りたいと思い
SEOライターをやってました。
でも、SEO記事って
Googleに上位表示するために書くので
思っていた記事制作と全然違って。
正直めっっちゃ
つまんなかった。(笑)
もっと直接お客さんに
伝えられる記事が書きたい!
ということでこれも続かず・・
恵比寿のキラキラしたオフィスで
債務整理の記事を書くギャップは
面白かったです。
親の過保護からは離れられず・・
大切に育てた箱入り娘が
東京砂漠にいることが
気が気でなかったらしく
5分以内に返信がないと鬼電
1日1回は
「一人暮らしさせたのが間違いだった!」
などなど(苦笑)
もちろん仕送りはいただいていたので
貧乏ってわけではなかったし
とても感謝してますが、
仕送りがなくとも自由に生きられる
友人とか
普通に親と仲良くしている同期が
羨ましくて仕方なかったですね。
お金があっても
自由がない生活に価値はない
っていう理想の未来が
ここでつくられていった気がします。
「人生の勝者」から一転、採用凍結の地獄へ。執念に燃えた就活生時代の光と影
そんなこんなで3年生を迎えまして。
受験コンプを燻らせていたわたしは
「ここが人生最後の挽回チャンス!」
とばかりに就活に没頭します。
毎日選考、説明会、企業研究。
最初は
東証プライムに上場しているtoB企業
でぬくぬくしたいと思っていたのが
あっという間に大手IT、コンサル、外資。
夢はどんどん大きくなっていきました。
何者でもなかったわたしが
唯一何者かになれる場所。
寝ても覚めても就活。
就活偏差値は頭に叩き込まれてました。
ひたすらぶつぶつガクチカを言う
気持ち悪い女。(笑)
「元彼より良い企業に行く」
「落ちた大学からじゃ
行けないような企業に行く」
がモチベ。
突出したスキルのない低学歴に
どうやったら目をかけて貰えるのか。
それしか考えてなかった・・
その甲斐あって
第一志望の外資系IT企業は
最終面接までたどり着くことができ。
就職偏差値は75。
誰もが認める最難関企業。
転職でも困ることのない
経歴ピカピカ新卒になれる。
面接の手応えは大アリ。
嬉しすぎて、その日は
数万円するワインを開けてました。
数日、遅くても1週間以内には
わたしは就活の勝者になれる。
いや、就活どころか
人生の勝者になれる。
イケメンの旦那さんを捕まえて
パワーカップルになって
湾岸エリアにマンションを買って・・
他の企業の面接なんて
もう目もくれず、
かんっぜんに浮かれてましたね。
ところが
来る日も来る日も結果は来ず。
待ちくたびれて2ヶ月後
1通のメールが届きます。
「ああ、ついに内定メールか」
「そんな選考に時間かかったのかな?」
開いた瞬間
衝撃の文字が目に入ってきました
採用凍結
今年度の日本支社での採用を取りやめます
今年度応募いただいた方は
来年度以降はご応募いただけません
経営状況が良くなくて
日本での採用はやめるってことらしい。
内容を理解するのに30分かかりました。
その瞬間、
人生の勝者どころか
1年後のお先真っ暗。
ショックでした。
どうすれば良いのかわかんなすぎて
もう何時間も何時間も泣きわめいてました
次の日目があかなかった(笑)
わたしにできることは
ただひたすらに
ものを食べて現実逃避することだけ
ここでも勝てなかった。
一生誰にも必要とされない人生なのかな。
「両親だけは味方でいて欲しい」
そう思って電話したんですけど
「え、そんなこと?」
「他の企業があるんだしそっち受けなよ」
もうね、絶句ですよね。
20年以上生きてきて
初めて親からのLINEを無視しました。
・・え、それだけ?
って思われるかもしれませんが(笑)
わたしにとっては
かなり大きい反抗だったんです。
この人たちにはわかって貰えない
心のシャッターが閉じた感じでした。
1日1回は必ず部屋から出ないと
気が済まないわたしが
何日も家から出られず。
ひたすらスーパーと家の往復
深夜、半額惣菜を漁っては
味もわからずただ詰め込むだけ。
気付いたら過食症になってた。
2ヶ月で体重は10キロ以上増えて
醜い自分を見られたくなくて
また引きこもって、の負の連鎖。
他の人から慰められても
「お前らは採用凍結されてないよな」
「上から目線でもの言いやがって」
ってめちゃめちゃクサクサしてました
(大反省)
でも友達でひとりだけ
同じ企業受けてた子がいて
「何キロ太ってもお前を愛する」
「就活なんかなくても
お前はまじで魅力しかないから」
「死ぬときは一緒に死のう、
休学するときは一緒に休学しよう」
(今聞くとめっちゃ恥ずかしい)
って毎晩毎晩慰めてくれてて
ここでも人に恵まれました・・
神様ツンデレかますなーーって
今だったら思えるんですけどね(笑)
親友の死と採用凍結。社会の常識に「NO」を突きつけた社会人直前での決断
引きこもりになったり、
過食症になったり。
「そんな落ち込むことか?」
「他にもあるじゃんか?」
って考えましたか?
わたしの敵です(笑)
でも確かに
就活で落ち込んだだけだったら
ここまでにはなってなくて。
実は
同タイミングで
親友が自殺したんですよね。
地元の銀行で働いてたんですけど
パワハラを苦にして亡くなりました。
採用凍結のメールが来て
1週間後の出来事。
脳みそが完全ショートしちゃって。
「辞めるわー(笑)」
って1ヶ月前に言ってたじゃん。
辞めたら上京するねーって。
お葬式に行ったら
受け入れちゃう気がして
帰省しなかった。
数年経っても
その子の家に近づくこともできない。
遺書もなかったので
理由は不明のままです。
ムカつくので
その銀行では一生口座を開設しないことに
決めてますが(笑)
わたしが就活を理由に
最近連絡取ってなかったしな。
もっと話したかったのに。と
ひたすら自分を責めてばかりで。
大事な人が死ななきゃいけないくらい
会社って大事なのかな?
そんな余裕も無くなるくらい
就職することって必要なの?って
社会の常識にハテナが
募る時期でした。
今思えば、
なんとなくここが
起業の原点になってる気がする。
なんとか気合いで
他の外資系IT企業の内定をいただいて。
というのも
就活がダメだったから休学した。
そう思われたくなかった。
そう思われるなら死んだ方がマシ!
完っ全に
負けず嫌いがでてますね・・
でも、働く気なんてさらさらなくて。
一旦休ませて欲しかった。
正直社会のレールから
外れることは死ぬほど怖い。
根っこからの公務員家系(笑)
でも、この時ばかりは
血筋に逆らってましたね。
もう寝たいんだ!
なにも考えずふかふかのベッドで。
安定?バカ言え
心の安定の方が大事じゃい!と。
当時のリクルーターには
大変ご迷惑をおかけしました・・
内定辞退する学生なんて
ほとんどいないくらい
素敵な企業だったから
かなり焦らせてしまって
めちゃめちゃ面談組んでもらって。
「最悪来年まで伸ばして
選考したことに・・・」
なんて絶対ダメな提案も貰って(笑)
そこまで評価してくれたんだ〜って
ちょっとした自信にも繋がりました。
流石にちゃんと辞退する瞬間は
手が震えました。
年収1000万捨てるのかーって。
今見てみると、
憧れの月数千万稼ぐ発信者さんとか
周りで月数百万当たり前!とかを
見すぎて当たり前になっちゃってる。
会社に所属してたら
自分のお給料って経営者の人件費で
下げられるなら下げたいって
思われるものだけど、
自分で商品を持って
売ることができるようになると
商品の値段も好きに決められるし
自分に価値を感じた人が買ってくれるから
経済的にも
承認欲求的にも(?)
良いこと尽くしだな〜って!(笑)
内定辞退後の「酒盛り」の日々。自由を手に入れたはずの私が抱えていた「こびりつく後悔」
とにかく休ませてくれ〜!
で就職を捨てた女子大生が
次にやることとは?
そうです、酒盛りです。(笑)
この頃には10キロ増えた体重も
8-9キロ戻ってきてて
調子に乗ってましたね完全に。
オシャレなネオ系酒場から
ディープな立ち飲み屋さん
角打ちまで。
一生分じゃ足りないくらい
飲みまくりました。
そして最終的には
コスパで宅飲みに落ち着きました。
ハイボールにチャミスル
レモンサワーにコカボムテキーラ。
缶瓶のゴミの日には
決まって何袋も出す生活
そこの基準値は上がらなくて良いんだよ!
っていうくらい
お酒が飲めるようになりました。
最近は日本酒が大好きですね☆
付随して
お酒のつまみを作るのが上手になった。
卵料理とトマト系の味付けは任せてください!
もうひたすらに
飲みまくってました。
上野のおすすめ居酒屋なんて
何時間あっても足りないくらい語れます。
こんなわたしを心配して、
父親がプログラミングのインターンを
紹介してくれたのですが。
まず難しすぎな!?!
PCのショートカットを20歳まで知らなかった
文系女子大生にはムリでした。
重いPCを部屋に持ち帰って
何回泣きそうになりながら
朝を迎えたことでしょう。(笑)
そして
給料が安い!って先輩から
愚痴を聞かされてたこともあって。
そこはいわゆる「SES」の会社で
クライアント先に常駐して
ひたすら作業しますよ〜って感じ。
営業の人が仕事を取ってくるんだけど
技術のこととか知らないから
信じられないくらい安い単価で働かされる。
でも自分たちは
お金のことが分かんないから
こうやって働くしかない・・・
っていう負の連鎖を
飲みの場で(またかよ)
教えてもらって。
有難いことに
正社員で働いていいよ〜とか
学生だけどぱんださん
次の案件に入れてあげるよとか
お話はいただいてたけど、
スキルだけ伸ばしても
エンドレス安月給蟻地獄に
落ちるのが怖くて。
半年くらいで辞めました。
3日坊主またしても続かず。
そこからはまた飲酒飲酒飲酒。
ハイボール片手に
無心で読書してました。
脳みその片隅には
「あの時自分を押し殺して
就職してたらよかった?」
その後悔がこびり付いてました。
ちなみに飲酒ライフハックとして
キンミヤを豆乳で割る
豆乳ハイは美味しいので是非。
豆乳をコーヒー豆乳に変えると
美味しさ倍増するのでそちらも是非。
「詐欺師」だと思った師匠との出会い
将来への不安を
飲酒量に変え続けていたある日、
師匠と出会います。
最初は胡散臭すぎて笑ってました。
「1ヶ月数百万円?!ないない」
「新手のマルチ商法じゃんか」
何言ってるんだって感じ。
見た目も相まって(ごめんなさい)
詐欺師にしか見えなかった。
そんな気持ちで関わってたら。
数百万円ぽんって稼ぐ瞬間を
目の当たりにしました。
「え?」
みたいな。
2025年のM-1のネタみたく
「いま俺の目の前でなにが起きたんだ〜!」
って気持ちでしたね。
最初がそんな感じだったから
「まあ自分にもできるやろ」
って気軽な気持ちでビジネスできてます。
ほんとに笑っちゃうくらい
テンション変わんないんです。
数万稼ごうが数十万稼ごうが。
怖いですよね。(笑)
でもそれと同時に
「かっけー!」って思いました。
なんで今
ここまでビジネスにbetできてるのか
自分でもよく分かりません。
正直、これをしないと
お金無くなる!死ぬ!
ってのもありました(笑)
でもそれと同時に
好奇心旺盛の楽観主義者なので、
誰かにできることは自分にもできる!
って思っちゃったんですよねえ・・
師匠から教わるのは
目からウロコのことばかりでした。
毎日出掛ける度に
見える世界が変わってて。
ビジネスだけに収まらず、
見える世界の解像度が上がることに感動。
「ビジネスには
勝てる仕組みがある。
才能や人脈、資金がある人しか
できないものじゃない。
けど一瞬で稼げるほど甘くもない。
成功してる資産家たちは
地道に仕組みを作り上げていった。
安易に流行に乗ってはいけないし、
単発の利益に依存しちゃいけない。
この先何年も何十年も不労所得として
安定して稼ぎ続けられる。
そういうビジネスを選ぶべき。
一度仕組みを作ってしまえば、
時間からもお金からも自由になって
好きなように人生を生きることができる。
ビジネスには明確な勝ち方がある。
全部言葉で説明できる。
誰でもできる。
やってみればわかる。
1年、いや半年頑張るだけでも、
人生はがらっと変わるんだ。」
なんにもなかった自分が
不変の知識で埋め尽くされる感覚。
めちゃめちゃ楽しいです。
楽しすぎて鳥肌たちました(変態)
就活で選考に通るために
嫌々勉強したマーケティングと全然違う。
人ってこんな風に動くんだ、ものを買うんだ。
これはやるしかない、成功するしかない!
チャンスは目の前にある。
今回も師匠が現れてくれて
やっぱり人に恵まれてるなあって実感した。
わたしは他の人みたいに
強いエピソードとかないです。(笑)
極貧経験とかないし
才能もあるわけじゃない。
ただ負けず嫌いだから
どうせやるならやりきりたい。
そして、大事な人をもう失いたくない。
親友が死んだと知らせを受けた日、
酔った知り合いから「人殺し」って言われました。
わたしにもっと余裕があれば。
深夜でも遠くからでも駆けつけられれば。
たぶん死ぬまでずっと後悔すると思います。
だからこそ
自分がいちばん大切なものに
時間もお金も使いたい。
自分らしく生きるために
自分の好きを輝かせるために
時間やお金の悩みから解放されたい。
そんな風に思っている人を助けたい。
正直
まだビジネスを初めて1ヶ月も経っていないので
華々しい実績や業績はないです。
まだコツコツ仕組みを作り上げている段階で
抜けているところも沢山ある。
それでも
わたしはこれから
どんどんでっかくなる。
どんどん周りを巻き込んで
幸せにしていきます。
みててください。
自分の思うまま生きられる女性になれるように
誰かの自分らしさを取り戻す支援ができるように。
これからも学び続けます。
次は、あなたの番。
ここまで読んでいただいた方は
それだけ本気で自分と向き合って
人生を変えたいと
思っているのではないでしょうか?
今の人生に満足してて
超ハッピー♩だったら
こんな長ったらしい文章読まないですよね。(笑)
わたしの理想の人生とか
「これが好き・嫌い」
に共感してもらえるなら
お役に立てると思います。
師匠から叩き込まれた
ネットビジネスでの稼ぎ方
マーケティングのスキルや
ノウハウについては
メルマガで詳しくお話しています。
メルマガでしか
お話ししない大事な情報も
盛り込んでいくので
サクッと登録しちゃってください↓
目の前に流れてきた
ほんのちょっとのチャンスを掴めるかで
人生って変わるなあってつくづく実感してます。
是非あなたにも行動して欲しい。
以上になります。
めちゃめちゃ長くなりましたが
ここまで読んでいただき
本当にありがとうございました。
ぱんだ🐼






